批評知
Release: 2022/02/26 Update: 2022/02/26
批評知
批評ということは必ずしも悪いことではありません。否、批評知には、一種独特の鋭さがあって、なかなか馬鹿にならぬものですが、ただいつまでもその段階にとどまっていい気になっていますと、大馬鹿に陥る危険が多いです。つまり批評知そのものが悪いというわけではありませんが、同時にそのままいい気になっていたんでは、人間も真の成長はしないわけです。【499】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
2月あと2日ということです。
批評というとまだまだどっちがいいか判断しているようなイメージがありますが、私は批判的なものの考え方をどうしてもしてしまうふしがあると思います。
教授が言わせば”おめでたい人”です。
常に苦労をしていなければなりませんが、その時の心の持ち方が大切なんだと思います。
ここが出来ないのでいつまでもうだつの上がらないような状態なんでしょうね。
素直という部分もどのフィルターを通すかで変わりますよね。
こういう自分に気づき修正するのが一生の課題とは情けないかぎりです。
しかし、気づいた以上はどうにか少しでも変えることが必要ですよね。
人生二度なしです。
関連コンテンツ
知りにくい自己を知る お互い人間というものは、自分の姿が一ばんに見えないものであります。したがって私達の学問修養の眼目も、畢竟するに、この知りにくい自己を知り、真の自己を実現することだと言ってもようで…
人間は自分の実力相応の地位より一段か一段半低いところに甘んじて、悠然とゆとりを持って生きる生き方というのも、男の生き方として好ましいのではなかろうかと思うのです。 #運命を創る100の金言 …
歩き方と人間の格① 人間いつまでも、ああいうふうに歩いているようでは駄目ですね。(この時、授業時間にもかかわらず、廊下をペタペタと、スリッパを引きずってゆく生徒の足音が、騒々しく聞こえてくる)。内でこ…
人はすべからく「終生の師」をもつべし。真に卓越せる師をもつ者は、終生道を求めて留まることなく、その状、あたかも北斗星を望んで航行する船舶の如し。 森信三先生は「人生形成の原理」として(一)素質(二)逆…
人生の正味は三十年 実は人生というものは、まず三十年くらいのものです。実際人間も三十年という歳月を実に充実して生きたならば、それでまず一応満足して死ねるのではないかと思うのです。【342】 #修身教授…