階段を登る工夫①さらさらと
Release: 2022/07/22 Update: 2022/07/22
階段を登る工夫①さらさらと
諸君は階段を昇るとき、まるで廊下でも歩くように、さらさらと登る工夫をしてごらんなさい。というのも人間の生命力の強さは、ある意味ではそうしたことによっても、養われると言えるからです。
階段の途中に差しかかって、急に速度がにぶるようでは、それはその人が、心身ともにまだ生命力の弱い証拠と言ってもよいでしょう。と申すのも、この場合速度というものが、やがてまた人生の逆境にも通ずるとも言えるからです。【502】
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とにかく意識をどこに向けているのか、というのは大事なことです。
立腰などもその典型だとも言えるでしょね。
背骨を常に意識する、猫背になっていないかなどです。
パソコン向っているときの自分の姿勢なんかは気を抜けば肘をつき斜めの角度になっているものです。
歯磨きなども歯茎に意識を向けているかなど、なんでも言えることがあるものです。
身辺いたるところ誰に言われるでもなく実践する。
それにはいつでも二度なしと一日を過ごすことが大事になってきそうです。
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