理義の我が心悦ばすは
Release: 2018/08/09 Update: 2018/08/09
理義の我が心悦ばすは
理義の我が心悦ばすは、猶ほ芻拳の我が口を悦ばすがごとし。(告子上七章)
【訳】
道理や徳義が万人を「本当にそうだ」と納得させ、満足させることは、牛や豚の美味しい肉が我々の舌を満足させてくれるのと同じようなものである。
〇松陰は、「道理や徳義はいつでもどこでも私の心を納得させ、満足させてくれる。食べて満足するともう欲しくなくなる美味しい肉などと比較されるようなことではない」と記している。
8月8日、孟子一日一言の言葉です。
道理が美味しいというのはちょっと違う。
吉田松陰先生の言葉が残ってしまいます。
だれに対しても誠実で思いやりのあること。
それを目指すべきだと思いました。
今日も一日がんばります。
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