耳という心の関門|9月5日のことです
Release: 2019/09/05 Update: 2019/09/05
耳という心の関門
聞えぬことを無理に聞こうとして、聞き耳を立てたり、また聞いても聞かぬふりをしたり、耳をとおしてわが心を偽ることは皆、耳の機能をにぶらせ、耳を聞えなくすることである。
「風疎竹に来る 風過ぎて竹に声を留めず雁寒潭をわたる 雁去って潭に影を留めず」。こういう明鏡止水の心の門戸、そこには関守はいない。出入自在の音の門戸、その道には、草一本、塵一つヲ止めぬ。たんたんとはき清められた真直な、みがき上げた道が通っておる。これが正しい心の奥堂に参ずる、耳という心の関門である。
9月5日、丸山敏雄一日一話幸せになるための366話、今日の言葉です。
耳というのはとても大切なものですね。
聞き耳を立てること、聞かないふりをすること、これは問題ですね。
耳からの情報を処理して自分で解釈しているのですからしっかりと聞くことは大切なことです。
コーチングでは傾聴、共感を言われます。
人の話しを聞くこと良い方向へ導くこと。
難しいことですね。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
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