階段を登る工夫②さりげなく
Release: 2022/07/22 Update: 2022/07/22
階段を登る工夫②さりげなく
この辺の趣が分からなくては、その人の人生もまだ本格的に軌道に乗ったとは言えないでしょう。そこでまたお互い人間は、逆境の時でも、はたの人から見て、苦しそうに過ごすものではないとも言えましょう。つまり階段の途中まできても、平地を歩くと同じような調子で登るのと同じように、人生の逆境も、さりげなく越えていくようにありたいものです。【502】
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さりげなくさらりとやる。
苦しさというのは人にさとられないようすることが趣がある。
たしかにそうだと思います。
苦しさを苦しいと見せたいという部分を人はもっているものです。
まったく、そういうことを感じさせない人になりいたいものです。
表と裏のようなものが世の中にあり、苦しさと楽しさもまた表裏一体というものです。
ここで思うことは人生二度なしを日々意識することだと改めて感じますね。
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