生への感謝
Release: 2022/03/01 Update: 2022/03/01
生への感謝
われわれ人間は自分がここに人間として生をうけたことに対して、多少なりとも感謝の念の起こらない間は、真に人生を生きるものとは言いがたいと思うのです。【19】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
考えなければなりません。なぜ人間なのか。
虫や動物であったら考えるということすらないのかもしれませんが、せっかく人間として生まれてきたのですから。
それが学問であるのが哲学ということなのでしょうかね~。
実際、次人間として生まれられる可能性というのはどれくらいなのでしょうか。
世の中の命のあるものはどれだけあるのでしょうか。
人間のように考える生き物はどれくらいいるのでしょうか。
そう考えるとありがたさを感じてきますね。
関連コンテンツ
主体を立てる 「一剣を持して起つ」という境涯に到って、 人は初めて真に卓立して、 絶対の主体が立つ。 甘え心やもたれ心のある限り、 とうていそこには到り得ない。 #森信三一日一言 #森信三 #森信三運…
慈雲尊者は、大阪の中の島で生まれられ、あの阪和の南田辺の駅の東にある田辺の法楽字で僧となられ、ついでに大軌沿線の高井田の長栄寺の住持となられ、四十前後の頃には、あの生駒の中腹に棲まれたこともあり、晩年…
自己を築く道具とこつ 人間も自己を築くには、道具やこつが必要です。この場合道具とは読書であり、こつとは実行をいうのです。この二つの呼吸がぴったり合うところに、真の人間はでき上がるのです。【138】 #…
気品 気品というものは、人間の修養上、最大の難物と言ってよい。それ以外の事柄は、大体生涯をかければ、必ずできるものですが、この気品という問題だけは、容易にそうとは言えないのです。【148】 #修身教授…
ただ現在の自分の眼前に、ちょこなんとして腰かけている子どもたちに話しているだけでなく、その背後には、常に二十年、三十年の後、かれらが起き上がって活躍する姿を思い浮かべて語る、という趣がなくてはならぬ…