天命を受け入れる②
Release: 2022/04/04 Update: 2022/04/04
天命を受け入れる②
われわれも、ここにこうして一年間を共に学ぶことになったことは、天の命として謹んでこれをお受けし、ひとり好悪を言わないのみか、これこそ真に自己を生かすゆえんとして、その最善を尽くすべきだと思うのであります。【13】
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最善を尽くすというグリット力というものが足りないと自分自身では感じています。
あと一歩が足りない。
まず、反省点としてはかかるのに時間がかかるということがあります。
時としてはすべてを遮断して行わないといけません。
これについては気持ちの問題であって、実際いつでも可能なことをやっていないと感じるわけです。
なるほど、自分の反省を言い訳がましく自己弁護するようなことは筆が進む自分というものも感じるわけです。
読書が足りないのかもしれません。
やはり人間は健康が大事だということで筋肉のことばかり読んでしまってはいけません。
松陰先生や尊徳翁を読まないといけません。
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