不幸の中にある教訓
Release: 2022/05/18 Update: 2022/05/25
不幸の中にある教訓
不幸というものは、なるほど自分も不幸と感じ、人もまたそれを気の毒、哀れと同情する以上、一応たしかに不幸であり、損失であるには違いないでしょう。しかしながら、同時にまたよく考えてみれば、かつては自分が不幸と考えた事柄の中にも、そこには、この人の世の深い教訓のこもっていたことが次第にわかってくるという場合も、少なくないでしょう。【436】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
こういうことは実際、常に考えなければいけないことだとも思います。
ただ、表面上成功者に見えても実際は相当の苦労もしている場合も多いわけですし、これからそういう場面も出て来るということもあると思います。
ここ何年かのコロナの問題などについても、恐らくそうなることでしょう。
業種によっては良いとか悪いとかあると思いますが、これからは逆転する場合もあるでしょうしいろいろだと感じますね。
そういう場面場面のことだと認識し、今最善を尽くすことが大事だということなんでしょうね。
今不幸でも、今幸せでも全力で挑むほかないということでしょうか。
関連コンテンツ
知りにくい自己を知る お互い人間というものは、自分の姿が一ばんに見えないものであります。したがって私達の学問修養の眼目も、畢竟するに、この知りにくい自己を知り、真の自己を実現することだと言ってもようで…
あなた方くらいの年配にもなれば、単に受身的にご両親の言いつけに従うというのみでなく、一歩をすすめて、言いつけられない事柄についても、自ら進んでするようであって欲しいと思うのです。一例を申せば、家の戸…
とくに国民教育の一隅に身をおくものとしては、教育の窮極目標はこれを一言で申せば、自分の受け持っている子らの一人ひとりが、すべて次代を担うかけがえのない生命だということを、単に言葉の上だけでなくて、身に…
自修の人 とにかく人間は、「自己を磨くのは自己以外にない」ということを、改めて深く覚悟しなければならぬと思います。すなわち、われわれの日々の生活は、この「自分」という、一生に唯一つの彫刻を刻みつつある…
感動が進歩の源になる 情熱というものは、まず物に感じるという形をとって現れるもののようです。したがって感激とか感動というものは、その人の魂が死んでいない何よりの証拠です。ですからわれわれ人間は、感激や…