日本人としての最高の生き方
Release: 2022/05/29 Update: 2022/05/29
日本人としての最高の生き方
そもそも日本人としての最高の生き方は結局は自分の肉体が解体していからも、なお国家社会のために、何らかの意味で貢献し得るような生き方をするということでしょう。すなわちこの肉体が消え失せた後にも、なおその人がその生前においてなした事柄が、多くの人々の心を動かして、国家社会のために尽くさすような力を持つということでしょう。【256】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
この国家社会という概念がどれほどの人にあるのでしょうか。
それはやはり教育がそういう教育を戦後してこなかったということもあるかもしれません。
実際そんなことを言ってもみても仕方のないことだとは思いますが日本人の奥底のDNAには刻まれているものだと信じたいですね。
日本人にとっての国家というものはやはり中心となるものがあると思います。
そろそろ軌道修正しなければならないのかもしれません。
関連コンテンツ
性欲の問題① 性欲の萎えたような人間には、偉大な仕事はできないと共にまたみだりに性欲を漏らすような者にも、大きな仕事はできないということでもあります。【162】 #修身教授録一日一言 #森信三 #毎日…
かくして情熱というものは、人間の偉大さを形づくりところの素材であり、その基礎と言ってもよいでしょう。したがってまた初めから情熱のない干からびたような無力な人間は、いわば胡瓜のうらなり見たいなもので、…
そのような根気というものは、一体どこから出るからというに、結局はそれは母親のわが子に対する慈愛の一念の他ないといってよいでしょう。そしてそれを子どもに躾ける上において大事な一転は、自分自身が主人から…
八十歳を境にして、私が実践面で第一に取り組むことにしたのは、日常生活におけるその挙止動作の”俊敏さ”です。 #運命を創る100の金言 #森信三 俊敏さというものを八十歳の時に意識出来るでしょうか。それ…
お互い人間として最も大切なことは、単に梯子段を一段でも上に登るということにあるのではなくて、そのどこか一か所に踏みとどまって、己が力の限りハンマーをふるって、現実の人生そのものの中に埋もれている無量の…