真の読書
Release: 2022/10/22 Update: 2023/03/28
真の読書
真の読書というものは、自分の内心の已むにやまれぬよう要求から、ちょうど飢えたものが食を求め、渇した者が水を求めるようにであってこそ、初めてその書物の価値を十分に吸収することができる。【107】
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厳しいお言葉の章です。それは何故かというと読書の必要性がまざまざとわかりがっかり感があるからですね。
自分の担当のものがあるからあわてて本を読むという程度ではおめでたいというわけです。
外面的な義務や強制感に迫られて読んだ本は得るところが少ない。
それは先生のおっしゃる通りです。
学生時代をどう過ごしたか、その後もどう過ごしたかが悔やまれます。
本をのどが渇くがごとく欲して読むということの理解が難しいと感じていましたが、この修身教授録はそういうものに近いような気もしてきました。
もっと覚えておきたい限りなのです。
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