捨てる生き方|7月23日のことです
Release: 2019/07/23 Update: 2019/07/23
捨てる生き方
洋上で沈没したたくさんの船の乗客、その中で奇跡的にふしぎな命を助けられた人、それは何もかも捨ててしまって身一つであった人であった。
また、長途の行軍。ことに戦い利あらず退却の行軍を経験して復員してきた人たちに聞いてみると、その感想の一致するとことは、「物はもう何もいらぬ」ということであった。
事情がせまってくると、物では解決がつかぬ、かえって物はじゃまになる、ということである。
7月23日、丸山敏雄一日一話幸せになるための366話、今日の言葉です。
人は死を考えた時に何も持ってはいけません。
何もいらぬ。
そう考えた人が生きてこれたということは事実ですね。
物に執着した人の末路は幸せとは言えないものに感じます。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
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