自分の位置を知る
Release: 2022/06/05 Update: 2022/06/05
自分の位置を知る
われわれ人間は、一足飛びに二階へは上がれないように、結局は一つ一つ階段を登っていく外ないでしょう。そして最も大事な点は、現在自分の立っている段階は、全体の上から見て、おおよそ何段目くらいかということを、はっきり自分で承知しているということでしょう。【396】
#修身教授録一日一言 #森信三 #毎日投稿 #日常 #毎日ブログ #毎日更新
人生階段は人によって違うのか、全員が同じなのかという議論は無意味だとは思いますが考えても見たくなりますね。
仮に1年一段だとしたら半分は登っているのでしょうが、孔子のいうような訳にいかないのであります。
ところで孔子の弟子ということを考えた時、様々な思想家には弟子がいると感じます。
教授の弟子の中で高弟と呼べる人はだれなのでしょうか。
寺田一清先生もまたその一人なのでしょうがすごいですよね。
そういう人に憧れを持つ自分に気づいてしまいました。
隠者と言う言葉を思いだしました。
人知れず道を追い求めている人はきっと今もいるのでしょうね。
関連コンテンツ
全力で迫る 尊敬するということは、ただ懐手眺めているということでなくて、自分の全力を挙げて相手の人に迫っていくことです。地べたをはってにじり寄っていくようにです。つまり息もつけないような精神の内面的緊…
たらちねの親のみいのちわが内に生きますと思ふ畏きろかも という一首がありますが、つまり親とは無量の祖先の代表者であり、祖先からの血の継承の最先端の一点なわけであります。ですから親を軽視することは、無量…
教育の意義は立志に極まる 教育の意義は、立志の一事に極まると言ってもよいほどです。故にまた真に志が立つならば、ある意味では、もはやしいて教え込む必要はないとさえ言えましょう。というのも真に志が立ったら…
卒業 学校を卒業するということは、人生という長旅への出発点ということです。しかるに卒業といえば、もういい気になって、寄宿舎の窓などを破って喜んでいる程度の人間が、第二の小国民の教育に従事するかと思うと…
大よそわが身に降りかかる事柄は、すべてこれを天の命として慎んでお受けするということが、われわれにとっては最善の人生態度と思うわけです。ですからこの根本の一点に心の腰のすわらない間は、人間も真に確立した…