本を読む
Release: 2022/05/09 Update: 2022/05/09
本を読む
本を読む場合、分からぬところはそれにこだわらずに読んでいくことです。そうしたところどころピカリピカリと光るところに出合ったら、何か印を付けておくのもよいでしょう。そして一回読み終えたら、少なくとも二、三か月は放っておいて、また読んで見ることです。そうして前に印を付けたところ以外にもまた、光るところを見つけたら、また新たに印を付けていく、そうして前に感じたことと、後に感じたことを比べてみるのは面白いものです。【137】
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たまに人間の言葉もここまで複雑怪奇に書ける人がいるのだと思うこともありますが、それでよいということでしょうね。
修身教授録もそのようなもので一日一言、少しづつでも理解したいと感じるからこそ購入するわけです。
古典的なものなど一気に読んでは見るものの理解しがたく、理解できない場合は眠くなるということがあります。
牛歩のあゆみです。
毎日のように少しづつ訓練です。
一章を毎日のように読み考えることで1mmの成長を期待したいところです。
耆に学べの清水克衛さんのところの感性で読むという部分を改めて思い出しました。
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